新聞配達員を見てふと思った。
彼らが新聞を10メートル先からポストに向かって投げ入れたりせず、 いちいちポストに近づいて入れるのは、人間にはそんな芸当ができないからなんだよな。
もし、そんなことが100発100中で出来る人間がいたとしても、多分、「けしからんっ!」と怒られるだろう。 それが出来る人にとっては当然のことでも、普通の人には無理なので、新聞配達員は仕方なく新聞をポストに直接入れる。
車にブレーキランプがついているのは平均的な人間の反射神経や深視力がたかが知れているからだし、 そもそも車があるのは人間の移動スピードがものすごく遅いからだ。
それに、私がメモ帳を大切にするのは普通の人の1.2倍ほど忘れっぽいからだ。
でも、そんなことを考えていると、実はある点において無能な人間の方が自分の無能さを補うために、 あんなものが欲しいこんなものが欲しいと、実は結果的に世の中のためになるものを作り出すパッションが強いのではないかと思えてくる。
そういえばどっかの偉い人も、短所はつきつめれば長所に化けるって言ってたな。
そして、私は今日もメモを取る。

よくわからないんですが、
「無能な人」が欲しいと思ったものは、
「無能でない人」にとっても役立つものなんですよね?
たとえば、その"新聞投げ"で99%成功できる人は、それに満足しているから、そのまま。
70%の成功率の人はそれに不満だから、どうにかしたいと思って
何かを発明する。そして100%を可能にする。
その発明は、"99%の人"にも役立つ。
そういうことですか?
Elcricさん、
おおよそそういうことです。
と言っても「こうだ!」と確信を持って書いたわけではなく、なんとなく感じてみただけではあるのですが。
不便だからこそ便利にする、みたいな割と古くからある言葉の亜流表現なのかなと思います。
なんか凄く感動しました
いいお話ですね